2018年12月26日水曜日

記憶 高校受験

中学2年生まで成績はよかったのだけど、ロックな音楽に目覚めてからは勉強に興味がなくなった。ひたすら音楽聞いて雑誌を読みゲームしてた。
東京の90sカルチャーにとても憧れた。ライブに行きたかったがお金がなく、悶々とした。
恵比寿のミルク、新宿リキッドルーム、日比谷野音、新宿ロフト、赤坂BLITZ、BLANKEY JET CITY、TOKYO No.1 SOUL SET、スチャダラパー、小沢健二、Hi-STANDARD、BRAHMAN、バックドロップボム、ハスキングビー、兄や従兄弟の影響が強かった。

また家庭環境も良くなかったので、夜遊びなんかもするようになった。
友達と夜遅くまで公園で喋ったり、溜まり場の家で64やったりプレステやったり。学校の成績はかつての好成績とは言えず。
高校受験が近づいたある日、珍しく家にいた父親と話した。

父親 高校どうする?
自分 行きたいよ。せめて高卒欲しいし。
父親 そうだよな。でも高校通わせる金ないわ。
自分 じゃあ定時制だね。働きながら通うよ。
父親 まあでもとりあえず全日制の公立は受けなよ。
自分 金無いのに、受かったらどうすんのさ
父親 んーーその時考えよう。
自分 まあじゃあとりあえず受けて落ちたら定時制ってことで。

この会話をして考えた。この先やりたいことや学びたいことが見つかったとしても大学も専門も無理だなーと。
ならば好きなように生きて破綻したらそこで適当に人生終わらせる感じかなーと。この時自分の人生の舵取りがはっきりしたような気がする。

もし受かったとして無理に父親が学費払うとなったとして、そのうちお前が払えとか言われることになって。キツイよなー。学費安い学校ってあるのか?市立なら少し安いな。とか色々調べた。
あと、担任が強く進めるし成績もそんな感じだったので市立船橋普通科を受けることにした。

それから受験までこれまで通り一切勉強しなかった。
遊び倒した。どうせ受かっても通えないしなーと腐っていた。同じように家庭環境が特殊な連中とつるんで朝まで遊んだりしてた。64のゴールデンアイが面白すぎた。

受験の2日前に、父親がさすがにそんなに遊んでて大丈夫か?と声を掛けてきた。
通わせる金は無いとか言っておいてなんだそれはーーとは思ったけど。まあ、そりゃそうか。と遊ぶのを止めて2日間勉強した。
で、市立船橋普通科に受かった。偏差値は当時真ん中くらいかな?一緒に受けた『落ちたら定時制だね仲間』は落ちてた。気まずかった。

自分 受かっちゃったけど どうするの?
父親 なにー なんとかするからとりあえず通え
自分 ふーん。わかった。

いつもの溜まり場で高校受かったぞーと言ったら周りの仲間は誰も高校に行かないと。自分だけ普通の世界に進むのかーと寂しかった。ここの仲間はみんな複雑な環境で生きてきた人達だから感性が尖ってて一緒にいて本当に楽しかった。
でもお前もいつまで通うかもわからんだろーー!どうせすぐ辞めるんだろー!髪でも染めて気合い入れて入学式行ってこい!ってことになり茶色に染めた。みんなでゲラゲラ笑って先のことなんか何も考えてなかった。本当に楽しかった。

ということで市立船橋というスポーツ真面目高校の入学式に茶髪で来た人間など自分以外にひとりもおらず、たいそう目立ってしまった。そのことでまた一癖ある高校生活が始まった。
面白い記憶が沢山蘇ったらまたつづきをまとめて書きましょう。


さて、学費はというと、結局自分が払うようなことにはならず父が払ってくれた。
お金はどうしたのか。
後でわかったのだけど、当時の父の恋人(人の人妻)が払ってくれたそうだ。
ありがとうございます。(複雑)


2018年11月23日金曜日

久しぶりのNECO ECHO

お仕事だけれど久しぶりにNECO ECHOでスタジオに入った。

とても嬉しかった。

合間に我々だけの曲もちゃっかり演奏しちゃったのだけど、それが本当に気持ち良かった。改めてNECO ECHOに対して自分のことながら感動しました。

なんだかんだ色々あったけど、このバンドも長くて、このメンバーじゃないと出せないものが出せるバンドになりました。


レゲエが好きで、ダブが好きで、ジャムが好きで、ロックが好きで、ポップスが好きで、テクノが好きで、アンビエントが好きで、エクスペリメンタルが好きで、民族音楽が好きで、ゲームミュージックが好きで、その他モロモロそんな雑多さを共有して表現できるとても貴重で大事で嬉しいマイペースのかわいい仲間のバンドです。 


この昨今、特定のジャンルに寄っているバンドの方がイベントにも呼ばれやすいし注目もされやすいのだろうけれど、NECO ECHOはお仕事目的のバンドではないしメンバーみんな自由に楽しくやってるので、これでいいのだなと改めて思えました。

けんちゃんの曲と歌とギターは本当に良いし、そうくんの自由さと器用さには感心しますし、ユーマの柔軟な職人っぷりはいつも安心感を与えてくれて頼りになります。

一時期はこのバンドをなんとか形にしないと!って僕だけ焦ってましたが、今はリラックスして向き合えるようになったのだなと思います。

みんな自由でマイペースすぎる猫みたいな人達だから!これでいいんですね!




自分が育児に入ったのでNECO ECHOのライブ活動はすっかりお休みさせてもらってますけど、僕の知らないところで未だにオファーを頂き続けているようで、嬉しく、申し訳なく思ってます。

また、自由にやれるその時まで。

NECO ECHO よろしくお願いしますー

2018年11月18日日曜日

階段タイム

子供の離乳食タイム及び母乳タイムの際には、子供に集中させるために自分は退室して物音をたてないように存在を消しています。

もし何か音をたてて息子の気がそれてしまったら大変です。

ということでもっぱらリビングを出て階段に腰かけて終わるのを待っているのだが、ただ待ってるのは時間の無駄なのでGBAを引っ張り出して階段に腰かけて遊んでいる。

レゴスターウォーズが面白い。

レイアの銃乱射能力が面白い。

2018年11月16日金曜日

頭痛

一週間以上止まらない咳から、今度は頭痛が始まってしまった。

健康になりたい。


今年は調子悪い時の方が多いなー


2018年11月15日木曜日

与える愛

ちょうだいちょうだいばかりでは、人は離れてく。

素敵なセンスで素敵な気持ちを与える愛の行為ができる人を尊敬します。

自分はなかなかできなくて苦手だす。


咳が止まらない日々です。

2018年11月13日火曜日

病気とは

人間てのはいいかげんなもんでさ
名前がつくほどの大病だと皆心配するんだけどさ、
名前もつかないような中くらいの病気だと「体調管理がなってない」だの「意識が足りない」だの責めるんだよな

俺は昔から体弱くて、中くらいのをしょっちゅうやってるんだけど
あまり心配されずに、なんか責められること多いんだよね。
やってられない!笑

音を浴びたい

16歳でライブに行くようになり、自分でも演奏するようになり、大きなスピーカーから出る気持ちの良い音を求めてあっちへふらふらこっちへふらふら生きてきた。

そんな生活を当たり前のように20年続けてきたが、結婚して子供が産まれてすっかりなくなった。

最初はかなり戸惑いノイローゼになったが。


最近は穏やかであり、さすがについに、音楽飽きたかと思っていた。

そうではなかった。やっぱり好き。音を浴びたい。奏でたい。

最近ずっと体調悪いのは、音を浴びてないからじゃないかって真剣に考えていたところ。